信号待ちのとき

「あたし、ジーパンでこんな格好なんだけど」

 

「大丈夫だよ。服装で人を差別したりしない店だからね」

 

なにが食べたいか訊かれて和食って言ったあたしが想像してたのは、回転寿司程度だった。

 

それなのに、連れて来られた店は高級料亭みたい。

 

わかんないけど、たぶん、そうなんだろうと思う。

 

着物姿の仲居さんに座敷に案内される。

 

メニューを見て注文したりしないのかなあ。

 

なんにも言わないのに、料理が運ばれてくる。

 

「今日は、運転するから飲めないんだけど、知美ちゃんはお酒飲んでいいよ」

 

「あ、いいです。あたしも、やめときます」

 

こんな雰囲気のところで緊張したまま日本酒なんか飲んだら悪酔いしそう。

 

「子供の頃の知美ちゃんは、かわいかったなあ」

 

「あたし、みんなに同じこと言われるんです。かわいかったのは子供のときだけだから」

 

「そういう意味じゃないよ。今は美人になった」

 

「苦しいフォローしなくていいですよ。親戚の叔母さんなんか、子供のときはかわいかったのに残念ね。なんてあたしに言うんだから、わかってるんです」

 

武史さんが、本気で可笑しそうに笑う。

 

「みんなで海に行ったこと、憶えてる?」

 

「海、ですか。さあ、行ったかなあ」

 

「行ったんだよ。知美ちゃんちの家族と俺んちと一緒に千葉の海にね。写真だってあるよ」

 

「えー、そんな写真見たことないですぅ」

 

「赤と白のストライプの水着だったから、ペコちゃんってみんなに呼ばれてたじゃない。本当に憶えてないの?」

 

「うーん、記憶喪失かなあ」

 

本当にまったく憶えてなかった。

 

車で送られる途中、信号待ちのときに武史さんが左折のウインカーを出した。

 

えっ?ここで左折しても道がないじゃない。

 

左に曲がったら、ラブホテルに入るしかない。

 

信号が変わる数秒のあいだに決めなくちゃならない。

 

あたしは結局、黙っていた。

 

こういうとこ来るの何年ぶりかな。

 

外観から想像した以上にケバケバしい内装が珍しくてキョロキョロ眺め回す。