結婚するつもりの相手

「知美は、桐生さんのこと、憶えてるかな」

 

「キリュウさん?」

 

「幼稚園のころ、ときどき遊びに連れて行ったでしょ。

 

浅草の、おじちゃんとおばちゃんの家」

 

「ああ、あの桐生さんね。うん、憶えてる」

 

「おじちゃん亡くなってね。

 

おばちゃんもボケちゃったって」

 

「だれに聞いたの?」

 

「息子の武史君が、昼間訪ねてきたのよ。すっかり大人になっちゃって、別人みたいだったわ」

 

「うち、来たの、なんで?」

 

母親が、妙な笑顔を見せて口篭もった。

 

「それがね、知美ちゃんをお嫁さんにほしいって」

 

「ぶっ!冗談でしょ」

 

「冗談じゃないのよ。武史君は冗談なんか言わない真面目な人なんだから」

 

うんぬんかんぬん……。

 

知美ちゃんも、いつまでもアルバイトなんかしてないで、永久就職考える年齢なんですからね。

 

そんなこんなで、あたしは桐生武史さんと付き合うことになった。

 

「悪かったね。

 

いきなり母親に会わせたりして」

 

「悪くないです。おばちゃんに会いたかったから」

 

「知美ちゃんのこと、憶えてたのにはびっくりしたよ」

 

「あたしも、びっくりしたぁ」

 

「ははは……」

 

「ふふっ」

 

いい感じかも。

 

武史さんは童顔で二十代にしか見えないけど、実際は三十三歳だった。

 

あたしより八つも年上だ。

 

祐二は五つ年下で二十歳。

 

二十五歳のあたしには、二十歳の祐二より、三十三歳の武史さんのほうが似合いだよね。

 

「おばちゃん、ずっと施設で暮らしてるんですか?」

 

「先週、入所できたばかりだよ。それまでは、昼間この家にひとりで置いといたから、毎日どこかへいなくなっちゃってね。仕事中に呼び出されてばかりだった」

 

「呼び出されるって、どこから?」

 

「警察とか、役所とか、駅とかだね。

 

迷子になって帰れなくなってしまうんだよ」

 

「へえ、そんなふうには見えなかったけど」

 

「今日は、知美ちゃんに会えたから、いつもより元気だったな」

 

「そうなんですか」

 

この新築みたいな一戸建に、武史さんひとりで住んでるのかあ。

 

「あの、訊いてもいいですか?」

 

「なんでも、どうぞ」

 

「武史さん、何年か前に結婚するつもりの相手がいたんでしょう」

 

「どうして、わかるの?」

 

「だって、この家、二世帯住宅でしょ」

 

「鋭いね」

 

普通だと思うけど。