真夏の時期
私は三十歳になったばかりで、まだ若いつもりでいたけど、週に二日だけ来るバイト学生の女の子からみたら単なるおばさんらしい。
三十も四十も五十も同じに見えるなんて、失礼しちゃうわ。
「あの、ここに書いてある、一万円、社長、って何ですか?」
「それは社長がレジから一万円持っていったから、最後に現金を合わせるときに気をつけてってこと」
「そんなこと、よくあるんですか?」
「この店、駅から近いでしょう。
夜遅く、社長が寄ることがあるのよ」
「そうなんですか」
いつもの交代時間に交わす短い会話だった。
ずいぶんいいかげんなことをしてるのね。
店のレジを自分の財布と思ってるのかしら。
いったいどんな人なんだろう、社長って。
まだ、私は社長に会ったことがなかった。
「社長って、どんな方なんですか」
「会ったことないの?」
「ええ、面接も奥さんだったので」
「そのうち、会うわよ」
ひとりになって、仕上がってきた服を片付けていると客がぽつりぽつりとやってくる。
夕方から夜になってからのほうがお客さんが多い。
それでも、真夏のこの時期は一年中で一番ヒマな季節らしくて、なにもすることがなくぼんやりしている時間のほうが長い。
七時半になると現金を数えて伝票と合わせる。
いままでのところ、金額が合わなかったことは一度もない。
八時になったら戸締りをして帰るだけだ。
あと十五分、お客が来ないといいんだけど。
仕上がった服を受け取りに来るだけの場合はいいけど、せっかくお金を数えたあとに現金を受け取ってしまうと計算して書き直すのが面倒だ。
家計簿もちゃんとつけたことがなくて、そのことで義母には嫌味を言われたこともある。
いいじゃないの、家計簿なんかつけなくたってちゃんと節約してるんだから。