駅前の本屋
今年の桜は、開花が遅れてるらしい。
三月になってから都内で雪が降ったせいかな。
「この辺に座ろうよ」
「もうちょっと、先まで行くといい場所あるから、そこまで行こう」
「知美ちゃん、今日は元気いいね」
「うん」
一番混雑しているあたりを通り過ぎると、公園の景色が周囲の林に自然に溶け込んでいる場所に出る。
「ここ、静かでしょう」
「桜、あんまりないねえ」
「だから、静かなんじゃない。穴場、穴場」
レジャーシートに座ってさっそくお弁当を広げる。
「おかあさん、奮発したなあ」
「知美ちゃん、料理しないの?」
「うん、これからはしようかな」
「そうしてくれると、助かるよ」
天気はいいし、お弁当はおいしいし、ぽかぽか暖かいと眠くなる。
「この前の話、考えてくれたかな?」
「話って……?」
あ、桜の花びらが落ちてくる。
「結婚を前提に付き合ってほしいって、話」
「ああ、その話ね」
きれいな花びら。
あとからあとから降ってくる。
「で、どう?決めた?」
うわあ、上向いてると、顔の上に花びらがたくさん落ちてくるよ。
「知美ちゃん、今日は返事きかせてくれるんだよね」
「うん、決めたよ」
武史さんが満開の桜の木をバックに微笑んでいる。
「武史さんとは、結婚しない」
「えっ?」
「結婚しないから、結婚を前提にしたお付き合いもしない」
「知美、ちゃん……?」
あ、武史さんの肩に花びらが落ちた。
桜の花びらを摘んで見せると、武史さんがあたしに微笑んでくれる。
「ただいまぁ!」
「あら、夕飯食べて来なかったの?ずいぶん早いわね。武史さんとケンカでもしたの」
「ケンカなんかしてないよ。お弁当おいしかった。お母さん、ありがと」
「ああ、うん、どういたしまして」
リビングに入るとお父さんがテレビの競馬中継を見てる。
「中山、満開だねえ」
「ああ、きれいだな」
駅前の本屋の袋をドサッと置く。
雑誌が三冊。
一番分厚い雑誌を一ページ目からゆっくり見始める。
「なんだ、その雑誌?」
「見る?」
一冊手渡すと、お父さんがページをめくっている。
「なんだ、都内ばっかりじゃないか。通えないだろう」
「だってえ、この辺は田舎だからあんまりいい仕事ないんだよ」
「そんなことないぞ。昨日、囲碁仲間に訊かれたんだが、知美、どうだ?」
「なにが、どうだなんだか、説明してよ」
「あのな……」
あたしは農協の事務員になった。
祐二、元気で訓練してる?
三ヶ月間、逃げ出さずにがんばれよ。
帰ってきたら、地獄らーめんに再挑戦しような。
今度こそ、地獄を食べ尽くして壁に名前を書いてやるからね。