初めて見る表情
「うーん、この家建ててる途中で母親のボケが始まってね。仕事のことで忙しかった時期と重なったから、母親のこともちゃんとみてやれなかったし、彼女ともダメになったんだ」
「ごめんなさい。変なこと訊いて」
「知美ちゃんは、今までに結婚しようと思った男性、いるんでしょう」
「うん、なんとなく、このまま付き合ってたらいつか結婚するのかなあ。なんて思ってた人はいたけど、そうなる前に別れちゃった」
「結婚を前提として、付き合ってほしいと思ってる。考えてみてくれないかな」
「はい、考えておきます」
もう、付き合い始めてるんじゃないんだ。
あたしはてっきりそうだと思ってた。
「日曜日は、用事があるから行けない」
「またかよ。次の週は?」
「次も、その次も、ずっと用事があるの」
「はあ?なんだ、それ」
「だって、そうなんだもん」
「日曜以外だと、オヤジがいつ帰ってくるかわかんないの知ってんだろ?」
「知ってる」
アルバイトの帰りに近所の公園で祐二と会った。
「日が暮れると寒いね」
「男か」
「なに?」
「男ができたのか、そうなんだろ」
決めつけるような口調で祐二が言う。
なんだか、腹が立った。
「別れる」
「あ?」
「祐二と、別れることにした」
「そんなことできると思ってんのか」
「できるよ」
薄暗くなった公園で、祐二の目を見てはっきり告げる。
「別れるから、さよなら」
「待てよ」
祐二があたしの腕を掴んだ。
振り向いたあたしの目に映った祐二の顔は、初めて見る泣き笑いの表情になっている。
「五千円くれ」
「はあ?」
「一万円でも、いい」
バカ!