奈々子
「痛ってえー」
「ああっ、すみません、大丈夫ですか」
頭を手でさすりながら店内に入ってきたのは、見たことのない四十代の男性だった。
「もう、閉めちゃうの?」
「八時までなので、すみません」
私がシャッターを閉めかけたところへ、ちょうど運悪く店内へ入ってこようとしていた男の頭にシャッターが当たってしまったらしい。
それでも男は店の中に入ってきて話しかけてくる。
「新しいパートの人?」
「ええ、そうですけど……」
私は首を傾げて男の顔を見上げた。
至近距離に立っている背の高い中年の男は、そう悪くはない容姿をしていた。
「あの、もしかして、社長さんですか?」
「そう、初めまして」
「あ、どうも、初めましてよろしくお願いします」
奥さんと社長を頭の中で比べてみる。
社長のほうが全然若く見える。
これじゃあ、奥さんも心配だろうな。
うちのダンナなんて浮気の心配をする必要がないくらいくたびれたサラリーマンって感じなのに。
「外の看板、仕舞っておくから、レジを閉めていいよ」
「はい、お願いします」
いけない、また仕舞い忘れるところだったわ。
十五分前に計算してメモしておいた金額をノートに書き写していく。
これで終り。
あとは鍵を閉めて帰るだけだ。
社長はどうするんだろう。
レジからお金を出すんだったらメモしておくから早くしてくれないかな。
「名前は?」
「や、山田です」
いきなり背後から声をかけられてびっくりした。
てっきりまだ、外にいると思っていたのに。
「山田、何さん?」
「奈々子」