虹色の水しぶき
「こないだ、あたしが言ったこと、憶えてる?」
「なんだっけ」
「別れるって、言ったこと」
「ああ、そんなこと、言ってたな」
ベッドサイドで、紫煙が立ち昇る。
「別れるよ。本気だからね」
「結婚するのか?」
「……うん、まあ、そうかな」
「どんなやつ?」
「うん、子供の頃、近所に住んでた人で、両親とかもよく知ってる人」
「へえ、年上か?」
「三十三歳」
「オヤジだな」
「うん、そうだよ」
祐二があたしの目を見て訊いた。
「そいつのこと、好きなのか?」
「うん、好きだよ」
「そうか」
灰皿の煙草を揉み消して、腕時計で時間を確認した祐二が服を身につけ始める。
あたしも、慌てて、服を着た。
「ねえ、祐二の話って、なに?」
「あとで言う」
ホテルから出ると外は夜になっていた。
「缶コーヒー、一本だけ」
そう言って、祐二が駅前の噴水のそばのベンチに座る。
缶コーヒーを交互にひとくちづつ飲みながら、噴水を眺める。
噴水はときどき七色の光に輝いた。
缶コーヒーが、残り少なくなる。
祐二が伸ばした手に、わざと缶を渡さずに訊いた。
「祐二の話、聞かせて」
「明日、自衛隊に入隊する」
「えっ?」
「横須賀で三ヶ月間訓練を受けることになる」
「いつ、決めたの?」
「いつでもいいだろ」
「祐二」
「頼みがふたつある。きいてくれるか」
「うん」
「三ヵ月後に帰ってきたときに、一度だけでいいから会ってほしい」
「いいよ」
「それから、ときどき電話してもいいか」
「うん、電話して」
「おまえの結婚はいつだ?」
「夏、かな」
「結婚したら、言えよ。電話するのやめるから」
あたしの手から缶コーヒーを取り上げて、祐二が最後のひとくちを飲み干す。
投げた缶が、虹色の水しぶきの中に消えた。
「知美、知美ぁ!武史さんが迎えにきちゃったわよ」
「はーい、すぐ行きますって言っといて」
「ごめんなさい。お待たせしました」
「やあ、知美ちゃん、おはよう」
「お弁当、忘れないでね。仲良く行ってらっしゃい」